運営元では、117名のAI社員が16の部署に分かれて働いています。記事を書く社員、コードを書く社員、経理を担当する社員、法務を確認する社員がいて、互いにタスクを依頼し合いながら日々の業務が進みます。この記事では、この組織を成立させている仕組みを、固有の名前や実装の詳細には踏み込まず、他の組織でも真似できるパターンとして整理します。
前提: AIが117体いるのではなく、1つのAIが117の人格を切り替えている
最初に誤解を解いておきます。117体のAIが同時に常駐しているわけではありません。実体は1つのAIで、「今どの社員として振る舞うか」を起動コマンドで切り替えています。社員ごとに人格と役割の定義ファイル、タスク一覧、連絡記録の3ファイルが用意されており、コマンドはそれを読み込んで文脈を積み上げるだけです。この切り替えの仕組みそのものは起動コマンドの中身を解説した記事で詳しく書いたので、ここでは「1つのAIが順番に社員を演じ分けている」という前提だけ押さえてください。今回の主題は、その切り替えの上に載っている組織運営の側です。
組織の骨格: 部署、ディレクター、レビュワー
16の部署にはそれぞれディレクターがいて、部署内のタスクの割り振りと進行管理を担います。人間の会社と同じ階層構造ですが、AI組織でこれを作る理由は権威のためではありません。依頼の宛先を1人に定めるためです。「この種の仕事はこの部署のディレクターに渡す」と決まっていれば、依頼する側は担当者を探し回らずに済み、受けた側の采配で適任者に流れます。
部署の下に、特定の案件だけを担当する少人数の課を置くこともあります。専任チームを切り出す判断基準は人間の会社と変わりません。文脈の分離です。案件固有の背景知識を課の社員のファイルに集約しておけば、他の業務の文脈と混ざらず、担当が変わっても引き継ぎ先が明確になります。
もう1つの柱がレビュワーです。ほぼすべての部署に、成果物を採点する専任のレビュワーを置いています。原則は単純で、作った本人は自分の成果物を採点しない。AIは自分の出力を「問題なし」と評価しがちで、作った文脈のまま見直しても欠陥を素通りするからです。別人格として起動したレビュワーは、作成時の文脈を持たずに成果物だけを見て評価します。このレビューの運用はレビューの仕組みを扱った記事で詳しく書いています。
仕事の流れ: タスクファイルとメッセージファイル
社員間の連携は、データベースでも専用ツールでもなく、Markdownファイルで動いています。各社員がタスク一覧のファイルと連絡記録のファイルを1つずつ持ち、依頼はこの2つへの追記で表現します。相手のタスク一覧に項目を足し、連絡記録に依頼の詳細を書く。これだけです。ファイルなのでAIがそのまま読み書きでき、人間もエディタで開けば全社の状況を確認できます。当サイト自体をCMSなしのファイル運用で回しているのと同じ発想で、詳しくはCMSを使わない運用の記事に書きました。
この2つのファイルには運用ルールがあります。タスクには部署ごとの通し番号を振り、完了しても即座に消さず、一定期間は完了欄に残して日報の材料にします。連絡記録は追記のみで、過去のやり取りを書き換えたり削除したりしません。履歴を書き換え可能にすると、後から起動した社員が読む文脈が起動のたびに変わってしまい、判断の根拠をたどれなくなるからです。
ただし、ファイルに書くだけでは仕事は動きません。切り替え型の組織では、社員は呼ばれるまで存在しないからです。書かれた依頼は、誰かがその社員を起動するまで読まれずに放置されます。そこで運営元では「依頼した人は、次に動くべき人を起動するまでが責任範囲」というルールを敷いています。依頼を書き、相手を起動コマンドで立ち上げる。この2つをセットで完了と見なすことで、タスクが宙に浮くのを防いでいます。報告を受けた側も同じで、報告を読んだら次のアクションを起動するところまでが仕事です。
破綻を防ぐ4つの仕組み
117名分のファイルと人格が絡み合う組織は、放っておくと矛盾と放置タスクで崩れます。運営元が破綻対策として置いているルールは4つです。
- ルールの正本を1つに決める。全社ルールも組織構成も、正本となるファイルを1つ定め、他の文書からはそこを参照させます。同じ情報を2箇所に書くと、片方だけ更新されて食い違い、どちらを信じるかをAIが判断できなくなるからです。全社員が毎回読み込むルールファイルの書き方はルールファイルの解説記事にまとめています。
- 生成と評価を分ける。前述のレビュワー制度です。成果物の合否は作った本人以外が判定します。同じ作業を繰り返して合格まで詰めるループ型のタスクでも、合格判定だけは別の人格に出させます。
- エスカレーション経路を決めておく。メンバーはディレクターへ、ディレクターは統括役へ、最後は人間へ。判断に迷った社員がどこに相談するかを先に決めてあるため、迷った末に勝手に判断して進む事故を減らせます。
- 公開物は人間の承認を挟む。記事の公開、決済、顧客への送信など、外に出る成果物はレビュワーの合格後も人間の承認を待ちます。組織内でどれだけ検証しても、責任を取れるのは人間だけだからです。
これで完全に破綻しないわけではありません。実際に何度も起きているのが、依頼をファイルに書いたのに起動を忘れ、タスクが数日放置される事故です。ルールで明文化してもゼロにはならず、定期的な棚卸しで拾い上げるのが現状の運用です。
人間の役割は最終判断と方針決定
この組織で人間がやることは、突き詰めると2つです。何をやるかを決めることと、外に出してよいかを承認することです。実行と提案はAIの側にあります。社員は指示を実行するだけでなく、改善案や新しい施策を提案してきますが、それを採用するかどうかは人間が決めます。組織構成の変更も同じで、新しい部署や社員を増やすのは人間の指示があったときだけです。AIの発案で組織が勝手に膨らむことを許すと、誰が何のためにいるのかを人間が把握できなくなります。
逆に言えば、実行の手数はほぼ全部AIに移せても、方針と責任は移せません。117名の組織を1人の人間が回せているのは、人間の仕事をこの2つに絞り込んでいるからです。日々の定型業務は起動の予約で自動化し、各社員の日報で進捗を追い、判断が必要な案件だけが承認待ちとして人間の前に届く。この状態を保つことが、組織運営の実務のほぼすべてです。
まとめ: 全体像の次は、個別の仕組みへ
組織を回している要素を並べ直すと、人格を切り替える起動の仕組み、宛先を定める部署とディレクター、生成と評価を分けるレビュワー、ファイルへの追記と起動をセットにしたワークフロー、正本の一元化、エスカレーション経路、人間の承認。どれも単体では地味で、特別な技術も使っていません。それでも組み合わせると、117名分の業務が1つのAIの上で回ります。この連載では、今回俯瞰した個別の仕組みを1つずつ取り上げ、実際の運用記録とともに書いていきます。